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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3797号 判決

理由

一、(ア)事件について

1  請求原因(一)、(二)項の事実については当事者間に争いがない。

2  そこで次に被告の抗弁について判断する。

《証拠》を総合すると次の事実をみとめることができる。

すなわち、原告稲葉勝雄は昭和四一年六月一〇日大矢に対し東京都中野区大和町二番地に五階建のビルを建設することを依頼したが、この建設に必要な資金六〇〇万円については、大矢が金融機関から借り受けた上これを原告らに融資し、原告らは大矢が右融資をえるための担保として、原告勝雄所有の別紙物件目録(一)の土地、原告春子所有の同目録(二)の建物を提供することを約した。しかして大矢は訴外八千代信用金庫から融資を受ける予定であつたので、原告らは翌一一日大矢に対し、同人が右融資を受ける際原告ら代理人として右同金庫との間で物上保証契約を締結することを委任し、右各不動産の権利証各一通、原告ら両名の受任者、委任事項を空白にした白紙委任状、住民票、印鑑証明書各二通宛を交付した。しかるに大矢は八千代信用金庫から融資を受けられなかつたので、同年七月頃知人の訴外辰巳信一に本件物件を担保として金策を依頼し、同人に前記各書類を交付した。辰巳は更に被告に対し、金融を申し込み、この債務については原告らが連帯保証をなし、かつ本件各物件を担保に提供する旨を告げ、右各書類の外辰巳自身の白紙委任状、印鑑証明書各二通を交付した。

被告は訴外浅井加巳から金五五〇万円の融通を受けた上、これを辰巳に貸与し、辰巳は更にこれを大矢に貸与した。右返済期限は一カ月の約束であつたが、大矢においてその履行が出来なかつたので、その懇請によつて逐次延期が重ねられた後、昭和四二年一月被告において本件物件につき所有権移転仮登記の手続をしようとしたところ、原告らの印鑑証明書の有効期限が切れていたので、果さず、同月三〇日原告らおよび辰巳の前記白紙委任状各一通の受任者として知人の松村賢司の氏名を記入し、同人を原告らおよび辰巳の代理人として、同人とともに公証人に対し、本件公正証言の作成を嘱託し、その結果、公証人によつて本件公正証書が作成された。

原告らは辰巳・被告・浅井および松村のいずれをも知らず、これらの者になんらかの権限を授与したこともない。大矢から前記土地・建物は八千代信用金庫に担保として差入れた旨の話を受け、これを信じていたが、昭和四二年二月頃本件公正証書謄本の送付を受けたので大矢を追及し、始めて事の次第を知つた。

《証拠》中上記認定にそわない部分は採用しない。

大矢の著名捺印のある乙第七号証(念書)には本件五五〇万円の貸借は大矢が辰巳を仲介として浅井から直接借用した趣旨の記載があるが、証人大矢増雄の証言によると右書面は、大矢が辰巳に対し借用金の弁済猶予方を再三にわたつて懇請したので、辰巳が最終の金主である浅井の許へ大矢を同道して、猶予方を懇請した際、浅井から、期限における弁済の確約の趣旨で差し入れを求められたものであり、右文面は、浅井において予め書き込まれていたものであることが認められるのであつて、本件貸借が大矢と辰巳との間でなされたものとする前記認定を妨げるものではない。

(一)  ところで被告は原告らが大矢に対して白紙委任状を交付したのはその取得者に一切の代理権を授与する趣旨であると主張するが、原告らは大矢が八千代信用金庫から融資を受けるについて、大矢に原告らの代理人として物上保証契約をなすことを委任して前記白紙委任状を交付したものであり、被告主張の如き意思を有していなかつたことは前記認定のとおりであるから、被告の主張は採用できない。

(二)  次に被告は原告らは民法一〇九条により責任を免れないと主張するので判断する。

まず、この場合、表見代理の成否を考えるべきは、被告と辰巳との間で、松村との間ではない。けだし、前記認定の事実によると辰巳が被告から金員を借り受けた際、自ら原告らの代理人として口頭で連帯保証契約を締結したのであり、ただ、右契約に関する公正証書の作成嘱託の手続、そのための辰巳および原告らの代理人の選任を被告に委ねるべく、白紙委任状を被告に交付したのであつて、被告は右趣旨に従つて右代理人として松村を選任し、同人と共に公証人に対して公正証書の作成嘱託をなしたに過ぎないというべきだからである。

ところで、不動産所有者がその所有不動産に関する登記手続に必要な権利証、白紙委任状、印鑑証明書等を特定人に交付した場合、特になんびとが右書類を行使しても差し支えない趣旨でこれを交付したものでない限り、右書類中の委任状の受任者名義が白地であるからといつて、当然に、その者よりさらに交付を受けた第三者がこれを濫用して、所有者の代理人として契約をしたときにまで、民法一〇九条にいう「第三者ニ対シ他人ニ代理権ヲ与ヘタル旨ヲ表示シタル者」として、その契約の効果を甘受しなければならないものではない(最高裁判所第二小法廷昭和三九年五月二三日判決、最高裁民集一八巻四号六二一頁参照。)

本件の場合、原告らが大矢に白紙委任状を交付した趣旨は前記のとおりであり、これをなんびとにおいて行使しても差し支えない趣旨であつたものとは到底解されない。しかして、大矢は右交付の趣旨に反し、右白紙委任状を辰巳が交付し、辰巳が被告にこれを示し、原告らの承諾を得ていないにも拘わらず、原告らの代理人として被告との間で連帯保証契約を締結したのであるから、前段説示の趣旨に照し、原告らが、辰巳の行為につき民法一〇九条による責任を負担すべき理由はない。

(三)  被告はまた、民法一〇九条、一一〇条の競合による表見代理の主張をするが、この主張は少なくとも、特定の事項につき民法一〇九条の表見代理の成立することを前提とするものであるところ、本件の場合、その成立すべからざることさきに判示したとおりであるから、被告の右主張はすでに前提を欠き、失当であること明らかである。

(四)  以上の次第で、原告らは本件公正証書記載の連帯保証債務を負担するいわれはないから、その確認を求め、かつ本件公正証書の執行力の排除を求める原告らの本訴請求はすべて理由があるからこれを認容すべきである(なお公証人に対する本件公正証書作成嘱託行為につき松村に原告らの代理権の認め難いことは前記のとおりであり、しかも訴訟行為と解せられる右作成嘱託行為については一般に民法一〇九条の適用はないと解すべきであるから、その成否を個別的に論ずるまでもなく、本件公正証書は作成過程の瑕疵からいつても無効という外ない)。

二  (イ)事件について

1  (ア)事件原告稲葉両名がそれぞれの所有する別紙物件目録(一)、(二)の各土地、建物について被告との間で昭和四一年一二月一日売買予約を締結し、原告主張のとおり各所有権移転請求権保全仮登記を経由したことは当事者間に争いがない。

2  次に原告((ア)事件被告加藤)の稲葉両名に対する債権の存否について考えるに、原告が辰巳に対し、金五五〇万円を貸与したことはこれを認められるが、辰巳の右債務につき稲葉両名が連帯保証をした事実の認め難いこと、民法一〇九条或いはこれと同法一一〇条の競合適用に基づく責任も否定されるべきことはいずれも(ア)事件における判断において既に説示したとおりである。

原告は稲葉両名が大矢に対し、金員借用の代理権を授与した旨主張し、これを前提として稲葉両名が大矢を代理人として被告もしくは辰巳から金五五〇万円を借り受けたと主張する。しかしながら、稲葉両名が大矢に対して金員借用の代理権を授与した事実は本件の全立証をもつてしてもこれを認めることができないから、原告の右主張は前提を欠くことになり、到底採用の限りではない。

3  そうすると原告の稲葉両名に対する債権の存在が認められないわけであるから、本件取消請求はその余の点について判断を加えるまでもなく失当であることが明らかである。

三、よつて(ア)事件原告両名の請求は全部これを認容し、(イ)事件原告の請求をいずれも棄却

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